ゲヘナ食堂

ゲヘナ食堂



調理室にだけ照明が灯る、普段ではあまり見られない表情を見せるゲヘナの食堂にて。フウカの包丁の音と俺の下手くそな鼻歌だけが響いている。そこに、静かに足音を響かせてやってくる人物が一人。


「こんばんは、空崎委員長。いい夜ですね」


「ええ。こんばんは、ボンノウ委員長」


時刻は夜の12時を過ぎたあたり。運良くある程度早めに書類仕事を終わらせることができた空崎委員長がゲヘナの食堂にやってくる。


「ささ、どうぞ。色々飲み物も用意してますよ」


「…それは?」


「これは私用ですね。ノンアルコールのジンバックです」


これが意外と美味い。しかも雰囲気作りにも持ってこい。


「お待ち遠様、シーザーサラダです」


「お、きたきた。どうぞ、空崎さんも」


「それじゃあ、私も頂く」


フウカがあらかじめ注文しておいたサラダを出してくれる。最初はサラダから、ベジタブルファーストは当たり前だよなあ?


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「で、最近の調子はどうですか?」


「どうもこうも…やっぱり美食研が活動を再開すると…」


「こっちの刑務所に送り返しますか?」


「遠慮しておく」


シーザーサラダに箸をつけつつ雑談を始める。以前の会談、その後のやり取り以降、ちょくちょくこうして情報交換をするようにしている。


「それで、そっちは?」


「ま、なんやかんや利口な子と優秀な部下が多いんで。仕事はボチボチの量で済んでいますよ」


「羨ましいわね」


「法律を厳しくして治安維持能力を向上させれば、そっちもいずれはそうなるかもしませんね」


「それはもうゲヘナじゃない」


「ごもっとも」


事務処理も治安維持業務も色々大変なんだろうなぁ…。俺の場合WIDの優秀な装備もあって前線に立つ必要はほとんどない。そもそも俺そこまで強くないからな。


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「はい、鶏の軟骨揚げです」


「ありがとうござます。すいませんね、こうやって深夜に料理してもらって」


「私からもありがとう。それと、ごめん」


「お世話になってますから。これぐらいはさせてください」


「私はもう何もしてないですけどね」


「…本当に、あの平穏な時間がありがたかったんです…」


「そうですか…」


「…その、ごめんなさい…」


「いえ。ヒナ委員長が謝ることじゃありません。アレが仕方のないことだったことは理解しています」


そう言ってフウカが微笑む。かわいい。


「というか、アレで多少は懲りなかったんですか?」


「むしろ、刑務所にいた間の鬱憤を晴らすように活発に活動している…。破壊行為の回数が以前の5割増しぐらいになった…」


「Oh…」


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「それで、そっちは今回どういう名目で来たの?」


「外回りのついでですね。それで温泉に入った後ここに来ました」


「そう…」


「お、今羨ましいとか思いました?」


「ちょっとだけ」


「WIDは空崎さんみたいな優秀な人材をいつでも受け付けています。装備も今より良いものを用意しますよ?」


「辞退させてもらう。それと、いつも思っているのだけど…」


「?」


「そんな堅苦しい言葉遣いをしなくてもいい」


「あー…私、この言葉遣いか、かなり乱暴な言葉遣いしかできないんで」


「私は気にしない」


「こっちは気にするんですよ。ゲヘナの風紀委員長に乱暴な言葉遣いはできませんし」


「ここはプライベートな空間。あと…」


「何ですか?」


「先生も、あなたが素の喋り方をしてくれないことを寂しがっていた」


「先生なんて砕けた喋り方じゃもっとまずいじゃないですか」


「うん。でも、考えておいて」


「…了解しました」


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「ハマチの刺身、どうぞ」


「待ってました!」


「随分立派ね…どこからこれを…」


「あにまん学園から送ってくださったものですね」


「そんなことしてたの?」


「ウチに腕の良い釣り師がいるんで。それに、こうしてゲヘナ生のご機嫌を取ることでゲヘナの学園に対する心象を良くするのも大事なことですから」


「下処理もあにまん学園の方で済ませてくれたみたいで、とても楽に調理できました。多分、とても腕の良い方が処理したんでしょうね。一度会ってみたいです」


「…」


「どうしたの?そんな微妙な表情をして」


「どうだ…?愛清さんなら既に一般常識を身につけてるだろうし…ゲヘナなら可愛いもんだしアイツに変な影響は受けないよなあ…でも…万が一を考えるとなあ…うーん…」


「あの、ボンノウ委員長?大丈夫ですか?」


「一人の世界に入ってるわね、しばらく放っておけば収まると思う。…あっ、美味しい」


「ありがとうございます」


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「本当に、空崎委員長みたいな絶対的な力が欲しい…」


「また突然ね。そっちは優秀な軍を持っているでしょう。それでは不足なの?」


「…まあ、時々いるんですよ、規格外が。師団なら勝てるとは思うんですが…損害や周囲にもたらす被害を考えると…」


「それについてはある程度は仕方ない。…できる限り、損害を少なくする方法を考えたら?」


「たとえば?」


「…巡航ミサイルを撃ち込んで、一撃で制圧するとか?そっちなら色々持ってるんじゃない?」


「実体験が詰まってますね…」


「実際有効だと思うのだけど…」


「そう思いますよね。実際やりましたよ、ええ」


「…もしかして」


「私とWIDがやったんではないんですけどね。副会長が色々あって巡航ミサイルを数十発撃ち込んだことがありました」


「…」


「で、ソイツ、全部切り落としました」


「嘘…」


「…ちなみに、空崎委員長できます?できるんだったらいざという時ご協力いただきたい、本気で。金なら副会長がいくらでも用意します。会計にも絶対に飲ませます」


「無理に決まってるでしょう…」


「ですよねー…はぁ…」


「その…諦めないで、ね?」


「諦める訳ありませんよ。ちゃんと対抗策も用意してあります…色々準備するのに予算がかなり必要だったので頭が痛いですが」


「資金繰りが大変なのはどこも同じね」


「はい。だから、自治区の人々の命と安全を守るため、多額の資金を確保する必要があります。特に防衛力を兵器に依存をしているウチは、どんな手段を使ってでも…」


「…それで違法武器の販売を認めたりはしない」


「バレ…じゃない、何のことやら。それに、『ウチの取り締まりが功を奏して』最近は違法武器の流通量も減っているでしょう?」


「白々しい…」


ついでに言えばウチは成績不振者だとか問題行動を起こした者も健康で文化的な最低限度の暮らしをさせるのが基本方針。寮から追い出してホームレス生活なんて基本もっての外だ。当然金がかかる。そして、犯罪者に労役刑を課しているものの、刑務所を黒字にするのは難しいからそっちにも金がかかる。こうしてみると、キヴォトスという学校運営が最優先される世界では、社会福祉や治安維持というのは金がかかりすぎるものなのかもしれない。


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「それにしても、どうして今日は早く仕事が終わったんですか?」


「イブキがマコトを連れて遠出中だから、嫌がらせが一時的に減っている。それと温泉開発部や美食研の活動しない日が重なったから」


「なるほど、ちょうど良い時に来たわけですか」


「…そっちの上司はどう?」


「…副会長が最近過労でぶっ倒れました」


「あぁ、そういう話もあったわね」


「ま、それぐらい熱心に仕事してくれてるんで、こっちとしてはありがたい限りですよ。こうしてゲヘナやミレニアムに遊びn…じゃない、外回りに行けるぐらいの時間ができるので」


「…そう」


「ただ、最近はちょっと予算の審査が厳しくなったんですよねぇ…」


「当然じゃない?今までの話を聞く限り、そちらの副会長に言えば大体の予算が通る状態だったみたいだし」


「それはその通りですね。ちょいと面倒にはなりましたが、自治区のことを考えればむしろ良い変化でしょう」


「それに比べて…こっちの生徒会は…」


「心中お察しいたします」


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「はい、だし巻き卵」


「見るからにフワフワだぁ…」


「ありがとう」


「次で最後で良かったですか?」


「はい、大丈夫です。本当にありがとうございます」


「…うん、美味しい」


「❗️」


「どうしたの、そんな顔して?」


「…やっぱ、このネタは通じませんか…」


「?」


「こっちの話です。じゃあ、大根おろしと醤油を合わせて…いただきます。…うまい」


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「…なるほど、そういう違いがあるのね」


「そう、コンバットフレームはアサルト型とそれ以外だと本当に性能が段違いなんですよねぇ…」


「そう、勉強になったわ」


「…しかし」


「?」


「こんな話聞いてて楽しいですか?空崎委員長は別にミリオタというわけでもないでしょう」


「先生がこういう話好きだから。先生の話について行くために知っておかないと」


「ああ、そういう…」


「貴女と先生の話を横から聞いてるだけだと限界がある。こうしてちゃんと話を聞けるならそれに越したことはない」


「…もしかして私と先生が話してる時にガン見してたのって…」


「ガン見してたかどうかはわからないけど…確かに二人で何を話してるんだろうと思って聞いてはいた」


「そういうことかぁ…」


「どうしたの?」


「いや、別の理由(違法武器関係)でガン見されてると思ったんで…」


「先生が楽しいならそれでいい。ちょっと寂しかったけど」


「すいませんでした…」


「謝ることじゃない」


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「あ、話は変わるんですが…」


「何?」


「今度、ウチの軍で新しく駆逐艦が就役するんですよ」


「知ってる。少し前にニュースになっていた」


「学園初の大型駆逐艦ということで、引き渡し式も結構豪華にすることが予定されています。当然招待する人もちょっと豪華になると思います」


「うん」


「で、そこに先生を招こうと思っているんですよ。何ならその後の処女航海にも。先生も忙しいので、港の周辺をちょっと回るだけになるでしょうが」


「…」


「せっかくですし、引き渡し式にゲヘナからの来賓として出席しませんか?無骨な駆逐艦ではありますが、先生とクルージングができるよう取り計います」


「…日程を教えて。考えておく」


「ありがとうございます」


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「ペペロうどん(ペペロンチーノ風うどん)、完成しました」


「よっしゃ!これ好きなんですよね…無茶言ってすいませんね」


「いえいえ、そんな特別大変な料理というわけでもないですし」


「初めて食べる料理…」


「空崎委員長もどうぞ、私のイチオシです」


「…美味しい。ペペロンチーノの味付けとうどんって合うんだ…」


「結局どっちも小麦ですしね」


一仕事終えたフウカが後始末を始めている。こうして二人だけのために料理してくれるのは本当に有難い。


「改めて、今日はありがとう。ご馳走様」


「美味しかったです。ご馳走様でした」


「そう言ってもらえると嬉しいです!」


ニコニコ顔のフウカが眩しい。さーて、代金は…


「フウカさん!」


その時、外から誰からの声が聞こえてきた。あぁ、これは…。


「探しましたわフウカさん!まさかこんな時間まで食堂にいらっしゃるなんて!予定より少し遅くなってしまいましたが、今からキヴォトスホタルイカを…!?」


ズカズカと食堂に入ってくるなりハルナ、そして後ろについて来ていた美食研究会が固まる。カウンターに空崎委員長と俺がいたからな。


「な、なぜヒナさんとボンノウさんがここに!?」


「元気そうで何よりだ囚人番号E-56,57,58,59。ここで俺らが飯食ってちゃ悪いか?」


「はぁ…今日は大人しいと思ったら…」


ゆらり、と空崎委員長が立ち上がる。ご愁傷様。


「援護は必要ですか?」


「お願い」


「了解」


側に置いてたスレイドを取り出し、美食研に向ける。


「愛清さん、下がっていてください」


「すいません、お願いします。…ハルナ、まあ、運が無かったわね」


「くっ…」


さーて、一方的な蹂躙の始まりだ。


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当然、あの後美食研は全員とっ捕まり牢屋送りとなった。せっかくだから縛られたハルナ達の前でペペロうどんを美味しそうに食ってやった。めっちゃ悔しがっていてかなり面白かった。これが…愉悦…?


「この調子で空崎委員長と関係を築いていきたいところだが…」


思った以上に上手く行った。喜ばしいことだ。いや、キヴォトスが悪人に甘すぎることの表れでもあるのだが。


「美甘先輩、空崎委員長との関係構築はある程度完了…美甘先輩とは相性がそこまで良くないが、嫌悪されているわけではない」


現時点なら上々。


「後二人…ワンチャン三人…」


今までよりちょっと手強そうだ。さて、どうするか…。


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